2017年という年

間違えた。
……。
ものすごく、間違った。人生を踏み間違えた! 後悔している。
なにをどうしたのかというと、はたらきすぎた、のだ……。
職場が忙しかったのもあるし、仕事量に対して人手が足りなかった。だからってこんなに働くことはなかった。身体の不調がでていたのに、無視していた。どうも、その場の雰囲気に流されていたのだ。
なにがおそろしいかといって、そのことに自覚がなかったことである。
11月のはじめごろに風邪をひいて、我に返ったのです。なんでこんなに働いているんだろう、と。こんな120%気力体力使ってたら死ぬ、100%におさめなければ、と。
しかしこれ、ぜんぜん我に返ってなかった。
と、気づいたのはその半月後、夜中にとつぜんの、原因不明の腹痛に襲われたときである。
なんで気力体力の100%をぜんぶしごとにつぎこもうとしてんだよ! と。
もうね、明らかにおかしかった、私。社畜だね!
この道の先に、過労死や過労自殺があるのだ、ということがはっきりわかった。というのがわかったのは、その道の外に気づいたからである。じっさいに死ぬ寸前まで行ったわけではないけれど、でも、その先、境界線があるわけでもなければ、この先キケン、って看板があるわけでもないのだ。きっかけがなければ、気づけなかった。それでもじぶんはだいじょうぶだと思っていたような気がする。おかしかった……。
気づかなかった要因のひとつに、私よりもたくさん働いている人がいる、というのがあったんですが、そりゃ限界はひとによって違うよ! ということをたぶん、認められなかった。そもそもじぶんひとりを養う以上の労働はしたくないのだ。必要の1.5倍以上働いていたし、こんなに働かなくていいんだよな、とも自覚していた。が、やなことやってりゃ疲れや不満がたまって当然、とはわかってなかった。
アホこいた……。
さらにアホなのは、去年の秋から冬にかけても、慢性的な吐き気という形で身体から抗議が出ていたことである。というか、その前の冬に胃潰瘍になっているのである。学習しろよ! 「人生を踏み間違えた」とまでいっているのは、おんなじ失敗しやがって!という意味合いです。前のしごとを辞めたときも、辞めてから「もっとはやく辞めてもよかった」と思ったけど、そこまでは後悔してない。一度は、しょうがない。でも何度もやるなよ……。
さらにもっとアホなのは、状況がちょっとしかよくなってないことである。ちょっとよくなった、のは、もともと冬には仕事量が減るからにすぎないのであって、断固として休みを死守するぞ!という姿勢を示したからではない。じぶんよりもたくさん働いている人に休みが欲しいといわれると、強く出れない。もっと自分本位にならなければ、とは思うけれども。むずかしい。
辞める、というのも選択肢に入っているけども、辞めると言い出したら全力で慰留される自信があります。有能だからではなく、いやまあまあ有能でもありますが(じぶんで言う)、ほんとに人手が足りませんので。なんと引き止められようとぜったいに辞める、という確固たる意志がなければ、辞めるとは言わないことにしている、ので、それはいまではない。「辞めます」っていうのは、私には、切り札じゃないのだよ……。というか、札じゃない。それを使ってどうこう交渉しよう、というものではない。ことばどおり、の意味で使うことにしている。そう決めていないと、札として使ってしまうと、ほんとうにほんとに辞めたいときでも、相手の要望に流されてしまう。辞めるにはエネルギーが要る。

(画像はイメージです。)(なんの?)