にんげんの尊厳

「言い忘れるところでした。ここのトイレで、予想もしていなかった恐ろしい目に遭ったんです」
「何ですか?」と訊いた。幽霊を見たのなら叫びながら部屋に走ってきたと思うが。
「気をつけろ。……紙がなかった」
有栖川有栖『江神二郎の洞察』(ISBN:9784488414078

厠に扉がない。
京極夏彦嗤う伊右衛門』(ISBN:9784043620012


数年前、京極氏の朗読(美声!)で聞いたとき、この「厠に扉」のくだりで吹き出しそうになりました。笑うところではない。じぶんが住んでる最中の家をどんどん解体していってしまうという狂気のほのみえるシリアスシーンであって、断じて笑えるところではないのですが。


ちなみに、「トイレに紙がない」を、うちではほんとうに「人間の尊厳に関わる事態」と略してます(略せていない)。


おまけ。

「弱った! 川路利良三十七歳、維新回天の嵐にいくたびか苦難に遭逢したが、これほと弱った事はなか! 助けてくれ!」
山田風太郎『明治波濤歌 下 山田風太郎明治小説全集10』(ISBN:9784480033505

走る列車の中、トイレ(大)に行きたいけど使用中。しかしいまいち人間の尊厳に関わっている気配がない。だって川路さんだもの……(どういう……)。