問題ができると、問題を解くのに一生懸命になっちゃうのは、そういう教育を受けたせいだと思う。学校のテストなら、途中で問題そのものが変わるのは、まあ、ないとは言えないけど滅多にないし、考慮する必要はない。
ところが、現実だと問題が変化しちゃうこともあるわけだ。
「はあ〜今日も暑いねえ〜」
「君が言うなっ、僕のほうが暑いのにっ!」
「そんなに怒らなくても……今日も暑いけど君が扇いでくれるおかげでちょーっとだけ涼しいよ?」
「……ううう……」
「しょうがないじゃん、『ジャンケンに負けたほうが三分間扇ぐ』」
「それはわかってるけど、けど、そうだ、このジャンケンってグーが不利じゃないか?」
「グーで負けたからって……」
「そうじゃなくてっ、しゃがむ分動作が大きいから、わかりやすいじゃん」
「だったら出さなきゃいいじゃん」
「そんなこと言ったらジャンケンにならないからさー」
「ああ、わざわざ身を犠牲にして出してくれたんだ?」
「……ほんっとーにいやみな……ごめんなさいね気づいてなくて!」
「君のそういう正直なところはとても可愛いと思うよ」
「……正直の前に『馬鹿』ってつけただろう……」
「いやいやそんなことは」
「ない?」
「あるけど」
「……そーじゃなくて、さあ!」
「うん」
「公平じゃないだろ、このジャンケン!」
「なぜ公平にしなければならない?」
「……ゲームバランスが崩れてると、おもしろくないだろう!」
「ジャンケンって、ゲーム? そもそもがおもしろくないだろ」
「お、おもしろくない……えー、うーん、じゃあ、ゲームじゃなかったらなんだ?」
「選択権付与決定手段の一種」
「……うええ……って、えー、だからこそ、公平でなきゃいけないだろう?」
「『公平』というのは、『自分にとって有利』という意味だよ」
「……そんな定義は聞いたことないわ!」
「誰だって自分本位に生きてるんだから、自分だけ自分本位に生きなかったら、それこそ『公平じゃない』よ?」
「そ、そうか……?」
「そうなんだよ」
「だったらなんで『公平にしなければならない』ってことになってるんだ?」
「だって自分は自分本位にしたくて自分本位にしてるけど、他のひとにはそうしてほしくないだろ」
「……え、え?」
「『自分』より『他のひと』のほうがぜんぜん多いんだから、建前つけてちょっとずつ譲ってもらって、自分でもちょっと譲る、ってほうが、けっきょくは得、ってこと」
「はあ……」
「みんながみんな、自分本位にして、その究極形が『公平』ってかたちになるわけ」
「……『自分にとって有利』って意味、ねえ……」
「うん」
「……」
「……」
「ってことはさあ、やっぱりジャンケンは公平なほうがいいって話なんじゃないのか?」
「おお!」
「……ねえ、あのさあ、僕ってどれだけ馬鹿にされてるの?」
「いやいや、それはよい質問だよ、君!」
「無視か!」
「けど、それは建前だって言ったよね」
「建前ってのはある程度しっかりたてとくもんじゃないのか?」
「いや、だから、双方が納得してればいいってことだろう」
「納得するかあ?」
「だからさ、気づいてないフリをすればいいんだよ、さっきまでの君みたいに」
「……ほんっとーにっ、いやみだなあ!」
「いつもは気づいてないフリで、適当にグーチョキパー出しておいて、いざってときだけスペシャルグーを出す」
「なんだ、スペシャルグーって……」
「チョキやパー並みのはやさでグーを出すのだ! グーがないとしたら必勝手はチョキ、相手はチョキを出すだろうから、勝つぞ!」
「いや、そんなはやさでグーが出せるんだったらさ、こんな話はしてないんじゃ……?」
「僕たちは足が短いだろう」
「……それが?」
「ケツと地面が近いってことだから、しゃがむのはけっこうかんたんなんだよ」
「…………しりもちをつけ、って話?」
「そうだ!」
「痛いのはいやだなあ」
「痛くない!」
「……けどさあ、一回しか通用しないんじゃないの?」
「いつでも勝たなきゃいけないってもんじゃないだろう」
「そうかなあ、いつでも勝ったほうがいいよ」
「なぜ?」
「だって、得だろう?」
「どこが?」
「……違う?」
「ジャンケンはしょせんジャンケンだよ」
「いや、そりゃ、ジャンケンはジャンケンだけどさ……」
「こんなもので得られる得なんて、たいしたものじゃないんだよ」
「たいしたものじゃないもののために、スペシャルグーだかなんだか、痛い思いをするのかー?」
「だから痛くないってば」
「……もしかして練習でもしてる?」
「してないしてない」
「……」
「……」
「まあ、いいけどさあ」
「だから、してないって、してたら君に言ってないって」
「あれ、もしかしたらさ、さっきまでの僕はスペシャルグーに勝てたかもしれないってこと?」
「うん、チョキが『必勝』だって気づいてなかったからねえ、天然はこわいよね」
「……その『天然』は『馬鹿』って意味かなあ?」
「君、けっこう深読みするよね」
「……深くない……」
「まあ、べつに負けたっていいんだ、ジャンケンはジャンケンだ」
「じゃあなんでスペシャルグーなんか……」
「それは奥の手だよ、切り札」
「切り札」
「勝たなきゃいけないときのための」
「……そうすれば、得か?」
「得だねえ」
「特ダネ」
「……ダジャレじゃないよ……」
「おもしろくないよ」
「君がおもしろくないんだよ……」
「……好きじゃないなあ……」
「ん、どっかに話が戻った?」
「そういう切り札ってのはさ、ひとつだけじゃないんだろう?」
「そうだねえ」
「ジャンケンみたいな『くだらないこと』でも……っていうか、『くだらないこと』ほど、切り札の威力は増すってことか?」
「そうそう、君は呑み込みがいいよね」
「……その手の台詞にはもうつっこみ疲れたよ……」
「つっこまなければいいのに」
「……あーもうっ、なんだっけ、ああ、そう、そういうの、好きじゃないんだよ」
「なぜ?」
「めんどくさいじゃん」
「……うーむ、それもまた、じつに君らしいよ……」
「めんどくさいのは好きじゃないんだよ」
「潔いね」
「いや、それはほんとうに、めんどくさいだけなんだけどさ、うーん……」
「うん」
「そういう、戦略みたいの使って、効率的に、合理的に動こうとするのって、動かなきゃいけないみたいに動くのって、なんか……」
「うん」
「なんか、人間みたいじゃん」
「…………あっ、それは、地味にショックだ……」
「そうだろー、地味にショックだろうー」
「嬉しそうだなあ、いやだなあ、もう……」
「僕たち人間じゃないんだからさ、いーんじゃないの?」
「いいか、まあ、僕だってそういう戦略をすすめてるわけじゃないけどね……」
「『進める』? 『薦める』?」
「……あー、そうか、それでか……」
「あ、なんかひとりで納得してる?」
「いや、それで『公平』なんだな、って思って」
「んん?」
「公平さを必要以上に重んじるのはさ、真面目だとかいうよりも、道楽だと思うんだけどさ」
「……道楽ったって、楽しいか、それ……?」
「楽しいひとは楽しいよ、でも君はべつに楽しくはないんだろう」
「そんな変態じゃないよ!」
「だから、めんどくさいからなんだろう、って」
「公平なのも、めんどくさいけどなあ」
「そう、だけど、それ以外ではめんどくさくないし、得はそれほどしないけど、損もしない、それは、得だろう?」
「……よくわかんないよ……」
「ひとに任せてしまえばいい、って思ってるんだろう、公平を目指すのは『正しい』ことだから、それを求めてもいいって思ってるんだろう」
「……え、ええー?」
「そういうのも、やっぱり」
「……やっぱり?」
「人間っぽい、よ」
「ああー、そうきたかああっ」
「地味にショック?」
「僕は派手にショックだよっ」
「あ、そうなんだ……」
「僕はのんきに楽しく暮らしたいだけなんだよっ」
「まー、そうだろうね」
「だから人間みたいのはいやなのっ」
「……まあ、なんつーか、こうやって考えてる時点で」
「手遅れ」
「……あー……」
「っていうか、なんでこんな話……、っ、あっっ!」
「……」
「……」
「……なに?」
「あのさあ、僕、疑問なことがあるんだけど」
「うん」
「なんで僕、十分も君のこと扇いでるの?」
「サービス」
「……やっぱり狙って話してたなあっ!?」
「はっはっは、なーにを根拠に」
「返答がはやいんだよっ」
「僕は回転がはやいんだよ、もともと」
「回転はやいならこうやって誘導もできるよね!」
「邪推はよくないよ、人間み」
「それはもう言うなっ」
「……いや、ほんとうに、君、あとでうるさいじゃん、やらないよ、そんな、ねえ?」
「……」
「……」
「……あやしい」
「だから、どこが」
「顔が!」
「顔は同じだけど」
「違うのっ!」