「詭弁」

 問題ができると、問題を解くのに一生懸命になっちゃうのは、そういう教育を受けたせいだと思う。学校のテストなら、途中で問題そのものが変わるのは、まあ、ないとは言えないけど滅多にないし、考慮する必要はない。

 ところが、現実だと問題が変化しちゃうこともあるわけだ。



A「はあ〜今日も暑いねえ〜」
B「君が言うなっ、僕のほうが暑いのにっ!」
A「そんなに怒らなくても……今日も暑いけど君が扇いでくれるおかげでちょーっとだけ涼しいよ?」
B「……ううう……」
A「しょうがないじゃん、『ジャンケンに負けたほうが三分間扇ぐ』」

B「それはわかってるけど、けど、そうだ、このジャンケンってグーが不利じゃないか?」
A「グーで負けたからって……」
B「そうじゃなくてっ、しゃがむ分動作が大きいから、わかりやすいじゃん」
A「だったら出さなきゃいいじゃん」
B「そんなこと言ったらジャンケンにならないからさー」
A「ああ、わざわざ身を犠牲にして出してくれたんだ?」
B「……ほんっとーにいやみな……ごめんなさいね気づいてなくて!」
A「君のそういう正直なところはとても可愛いと思うよ」
B「……正直の前に『馬鹿』ってつけただろう……」
A「いやいやそんなことは」
B「ない?」
A「あるけど」
B「……そーじゃなくて、さあ!」
A「うん」
B「公平じゃないだろ、このジャンケン!」
A「なぜ公平にしなければならない?」
B「……ゲームバランスが崩れてると、おもしろくないだろう!」
A「ジャンケンって、ゲーム? そもそもがおもしろくないだろ」
B「お、おもしろくない……えー、うーん、じゃあ、ゲームじゃなかったらなんだ?」
A「選択権付与決定手段の一種」
B「……うええ……って、えー、だからこそ、公平でなきゃいけないだろう?」
A「『公平』というのは、『自分にとって有利』という意味だよ」
B「……そんな定義は聞いたことないわ!」
A「誰だって自分本位に生きてるんだから、自分だけ自分本位に生きなかったら、それこそ『公平じゃない』よ?」
B「そ、そうか……?」
A「そうなんだよ」
B「だったらなんで『公平にしなければならない』ってことになってるんだ?」
A「だって自分は自分本位にしたくて自分本位にしてるけど、他のひとにはそうしてほしくないだろ」
B「……え、え?」
A「『自分』より『他のひと』のほうがぜんぜん多いんだから、建前つけてちょっとずつ譲ってもらって、自分でもちょっと譲る、ってほうが、けっきょくは得、ってこと」
B「はあ……」
A「みんながみんな、自分本位にして、その究極形が『公平』ってかたちになるわけ」
B「……『自分にとって有利』って意味、ねえ……」
A「うん」
B「……」
A「……」
B「ってことはさあ、やっぱりジャンケンは公平なほうがいいって話なんじゃないのか?」
A「おお!」
B「……ねえ、あのさあ、僕ってどれだけ馬鹿にされてるの?」
A「いやいや、それはよい質問だよ、君!」
B「無視か!」
A「けど、それは建前だって言ったよね」
B「建前ってのはある程度しっかりたてとくもんじゃないのか?」
A「いや、だから、双方が納得してればいいってことだろう」
B「納得するかあ?」
A「だからさ、気づいてないフリをすればいいんだよ、さっきまでの君みたいに」
B「……ほんっとーにっ、いやみだなあ!」
A「いつもは気づいてないフリで、適当にグーチョキパー出しておいて、いざってときだけスペシャルグーを出す」
B「なんだ、スペシャルグーって……」
A「チョキやパー並みのはやさでグーを出すのだ! グーがないとしたら必勝手はチョキ、相手はチョキを出すだろうから、勝つぞ!」
B「いや、そんなはやさでグーが出せるんだったらさ、こんな話はしてないんじゃ……?」
A「僕たちは足が短いだろう」
B「……それが?」
A「ケツと地面が近いってことだから、しゃがむのはけっこうかんたんなんだよ」
B「…………しりもちをつけ、って話?」
A「そうだ!」
B「痛いのはいやだなあ」
A「痛くない!」
B「……けどさあ、一回しか通用しないんじゃないの?」
A「いつでも勝たなきゃいけないってもんじゃないだろう」
B「そうかなあ、いつでも勝ったほうがいいよ」
A「なぜ?」
B「だって、得だろう?」
A「どこが?」
B「……違う?」
A「ジャンケンはしょせんジャンケンだよ」
B「いや、そりゃ、ジャンケンはジャンケンだけどさ……」
A「こんなもので得られる得なんて、たいしたものじゃないんだよ」
B「たいしたものじゃないもののために、スペシャルグーだかなんだか、痛い思いをするのかー?」
A「だから痛くないってば」
B「……もしかして練習でもしてる?」
A「してないしてない」
B「……」
A「……」
B「まあ、いいけどさあ」
A「だから、してないって、してたら君に言ってないって」
B「あれ、もしかしたらさ、さっきまでの僕はスペシャルグーに勝てたかもしれないってこと?」
A「うん、チョキが『必勝』だって気づいてなかったからねえ、天然はこわいよね」
B「……その『天然』は『馬鹿』って意味かなあ?」
A「君、けっこう深読みするよね」
B「……深くない……」
A「まあ、べつに負けたっていいんだ、ジャンケンはジャンケンだ」
B「じゃあなんでスペシャルグーなんか……」
A「それは奥の手だよ、切り札」
B「切り札」
A「勝たなきゃいけないときのための」
B「……そうすれば、得か?」
A「得だねえ」
B「特ダネ」
A「……ダジャレじゃないよ……」
B「おもしろくないよ」
A「君がおもしろくないんだよ……」
B「……好きじゃないなあ……」
A「ん、どっかに話が戻った?」
B「そういう切り札ってのはさ、ひとつだけじゃないんだろう?」
A「そうだねえ」
B「ジャンケンみたいな『くだらないこと』でも……っていうか、『くだらないこと』ほど、切り札の威力は増すってことか?」
A「そうそう、君は呑み込みがいいよね」
B「……その手の台詞にはもうつっこみ疲れたよ……」
A「つっこまなければいいのに」
B「……あーもうっ、なんだっけ、ああ、そう、そういうの、好きじゃないんだよ」
A「なぜ?」
B「めんどくさいじゃん」
A「……うーむ、それもまた、じつに君らしいよ……」
B「めんどくさいのは好きじゃないんだよ」
A「潔いね」
B「いや、それはほんとうに、めんどくさいだけなんだけどさ、うーん……」
A「うん」
B「そういう、戦略みたいの使って、効率的に、合理的に動こうとするのって、動かなきゃいけないみたいに動くのって、なんか……」
A「うん」
B「なんか、人間みたいじゃん」
A「…………あっ、それは、地味にショックだ……」
B「そうだろー、地味にショックだろうー」
A「嬉しそうだなあ、いやだなあ、もう……」
B「僕たち人間じゃないんだからさ、いーんじゃないの?」
A「いいか、まあ、僕だってそういう戦略をすすめてるわけじゃないけどね……」
B「『進める』? 『薦める』?」
A「……あー、そうか、それでか……」
B「あ、なんかひとりで納得してる?」
A「いや、それで『公平』なんだな、って思って」
B「んん?」
A「公平さを必要以上に重んじるのはさ、真面目だとかいうよりも、道楽だと思うんだけどさ」
B「……道楽ったって、楽しいか、それ……?」
A「楽しいひとは楽しいよ、でも君はべつに楽しくはないんだろう」
B「そんな変態じゃないよ!」
A「だから、めんどくさいからなんだろう、って」
B「公平なのも、めんどくさいけどなあ」
A「そう、だけど、それ以外ではめんどくさくないし、得はそれほどしないけど、損もしない、それは、得だろう?」
B「……よくわかんないよ……」
A「ひとに任せてしまえばいい、って思ってるんだろう、公平を目指すのは『正しい』ことだから、それを求めてもいいって思ってるんだろう」
B「……え、ええー?」
A「そういうのも、やっぱり」
B「……やっぱり?」
A「人間っぽい、よ」
B「ああー、そうきたかああっ」
A「地味にショック?」
B「僕は派手にショックだよっ」
A「あ、そうなんだ……」
B「僕はのんきに楽しく暮らしたいだけなんだよっ」
A「まー、そうだろうね」
B「だから人間みたいのはいやなのっ」
A「……まあ、なんつーか、こうやって考えてる時点で」
B「手遅れ」
A「……あー……」
B「っていうか、なんでこんな話……、っ、あっっ!」
A「……」
B「……」
A「……なに?」
B「あのさあ、僕、疑問なことがあるんだけど」
A「うん」
B「なんで僕、十分も君のこと扇いでるの?」
A「サービス」
B「……やっぱり狙って話してたなあっ!?」
A「はっはっは、なーにを根拠に」
B「返答がはやいんだよっ」
A「僕は回転がはやいんだよ、もともと」
B「回転はやいならこうやって誘導もできるよね!」
A「邪推はよくないよ、人間み」
B「それはもう言うなっ」
A「……いや、ほんとうに、君、あとでうるさいじゃん、やらないよ、そんな、ねえ?」
B「……」
A「……」
B「……あやしい」
A「だから、どこが」
B「顔が!」
A「顔は同じだけど」
B「違うのっ!」