「因果律は存在しない」

(このあいだ、書きかけで消えてしまった)麻耶雄嵩の『神様ゲーム』の話をします。前に引用したので、ISBN:4062705761ときどきいらっしゃるのですが、みょうに多いと思ったら、そういえばあれは「……なんじゃそりゃ?」な終わり方をしているのでした。
というわけで盛大にネタバレしますので、ミステリのネタばらしをされたら末世まで祟ってやるという主義の方はうっかり読んでしまって祟らないようお願いします。


あらすじ。
語り手の芳雄君の親友・英樹君が殺されました。芳雄君は神様だと名乗る転校生の鈴木君に「天誅」を頼みます。そうすると、派手な事故で芳雄君の気になる女の子・ミチルちゃんが死にました。ミチルちゃんが犯人だとすると犯行の隠蔽には共犯者が必要で、共犯者になり得るのは刑事である芳雄君のパパしかいません。芳雄君は鈴木君に共犯者の「天誅」も頼みました。ところが死んだのはママでした。
と、いうところで終わっているのでした。さて――

  • 真犯人は誰か?
  • 鈴木君はほんとうに神様か?

というあたりがまっとうなミステリファンの気になるところらしいのですが、私はちょっと違うことを考えました。

  • 神様は正しいか?

私ははじめから「鈴木君は神様」なつもりで読んでいたので、それはいいのです。けど、芳雄君の推理を疑うより先に、神様のことを疑ったのでした。この「正しい」にもふたつ意味があって、

  • 真実を知っている
  • 善き行いをする

まあ、とにかく、真犯人を知っているのでなければ、なんともなりませんね。犯人がわからなくて、たんに間違えた、ということであれば、ちょっとマヌケ。マヌケだけど、神様でも真実は知らない、ということになったら、それはこわい、かも。
善き行い――善い人を助けてくれて、悪い人を罰してくれること。ふだんは鈴木君、そういうことはやらない、って明言してます。今回の「天誅」は特別なのだと。しかし、芳雄君に真実を話したり、芳雄君の願いをきいたりする理由はない――きかない理由もないのだけれど。本人はこう言う。

「ぼくは約束は破らないよ。云っておくけど、別に神様は約束を破らないものだとか決まっているわけじゃない。破るか破らないかは、ぼくの一存だ。ただぼくは全能だから、破る必要はないんだ。すべてを叶えられるんだから。」

――まあ、この言葉自体を疑ってしまうとどうにもならないのですが。ミステリを読む上での絶対のルールは、「書かれていることは真実」と認めること(嘘には理由がある)、であり、そこを疑わせるのがメタミステリというものであろう、と私は思うのですが――なのでこの作品はメタミステリなのでしょう。鈴木君が嘘を吐いたか、あるいはわざと「天誅」をくだす人をたがえたか――それが悪意を持ってしたことならばまだいいのだ。神様の善意を信じるのが無理なら悪意を信じられれば、まだいい、けれど、そうとも感じられない。
そして、もう一段の疑い――因果律

「それが可能だから、ぼくは“神様”たりえるんだけどね。ぼくはすべてのものごとの原因なんだ。それ以上は決して遡れない。ぼくが存在する以前という状況は存在しえないからね。きみたちがそういった存在を素直に理解できないのは、永遠という捕らえどころのない感覚に対する恐怖心が邪魔をしているからだよ。人間はたかだか百年生きたらおめでたいくらいの有限の存在だろ。人類には数万年の歴史があるけど、有限な存在をいくら積み重ねたところで決して無限には至らない。だから永遠など存在しなくて、何事にもきっと始まりと終わり、原因と結果があるはずだと思いたがっているんだ。つまりこの世界が誕生した原因があるはずだとね。でも実際ぼくは過去にも未来にも無限で永遠な存在なんだ。それゆえぼくは始まりと終わりのない永遠に退屈し続けなければならない。」

因果律を疑う」ということが、私にはまだわかってないので説明できないのですが、「原因があって結果がある」のではないとしたら?


さて、ミチルちゃんの死は凄惨でした。なにしろ大時計の針が落ちてきて串刺しである。親友が殺されて、神様だっていう奴が「天誅」してやろうかっていうのを「うん」っていうのは、ありだろうとは思う、けれど、あのミチルちゃんの死に様を間近で見て、それでも共犯者の「天誅」をも芳雄君は望んだのでした。神様によるとほんとうの親ではないらしいのですが――それでもいっしょに暮らしてきて、世界の大部分を占めてきた人の、凄惨な死を。そして、予想に反してママが目の前で焼かれていく――

 ただひとつだけはっきりしていることがある。それはこれが神様の天誅の結果であり、神様は間違えないということ。

 たとえどんなに信じられなくても、そこにはただ真実のみがあるはずだ。

 ただ真実のみが……。

私と違って芳雄君はそれでも神様を信じていられるらしい。神様を、そして、真実というものがあるということを。それならばまださいわいでしょうか。
しかし、鈴木君によると芳雄君は三十六歳に飛行機事故で死ぬのだそうです。三十六歳でぜったいに死ぬ。それは若い死だろう。けれど、三十六歳まではぜったいに死ねない。
運命が変えられないというのなら、芳雄君が「天誅」を頼まないという選択肢も存在しなかったのでしょうか。