「ふつう」なときは沈黙する

ウェブ時代をゆく』はくれないらしいので、買うよー。そのうち。
前に、ネットに接しない人は、リンクがわかってないんだ、って気づいてびっくりした、と書きましたが。
その人に、「いい眼医者を調べられない?」って訊かれて、「ああ、それはちょっと無理だと思いますー」、と。
まあ、ほんとうに無理なのかは知らないけど、ぽろっと答えたのです。
そういう、病院の評判を集めるサイトはあるんだろうけど(あったけど)、信頼性が私には判定できない……という以前に、参加人数が足りないだろう、と思ったのだ。東京とかの大都市ならともかく。こういうのは、数が要るのだ。
と、までは、説明しなかったんだけど。
けど、やっぱり、中央集権型管理社会なイメージを持っているらしいのですよね。どっちかというと分散型相互監視社会なんだけど。
ひとつひとつの情報を提供しているのは、ひとりひとりの個人で。
だから、ネット上に情報がないというなら、それは私が情報を提供していないからなのだと、
ちょっと、思ってみても、いいかな、いいのに、と。思わないでもない。
私も出力が多いほうではありませんがー。
まあ、ネットに接しない人とは、ネットではぜったいに接することができないので、ある意味、貴重……。
――病院の情報、ってことでは、ふつうに通って、ふつうに治った、というようなふつうの事例の集積も、とても大事だと思うんだけど、人はふつうのことはあんまり言わない。すごく良かったことと、悪かったことのほうを、言う。
ふつうなことを、どう拾い上げるか?