なめくじ長屋

なめくじ長屋は神田橋本町の巣乱(すらむ)にある貧乏長屋。住人が大道芸人やものもらいばかりで、晴れの日はみんな稼ぎに出ていて誰もいないが、雨が降ると仕事ができなくて大の男どもがごろごろしているので、人呼んでなめくじ長屋――。その住人のひとり、砂絵師のセンセーには推理の才があり、他の連中を情報収集に走らせて不思議な事件の真相を探り、小遣いを稼ぐのがなめくじどもの有配当(あるばいと)なのである。
都筑道夫「なめくじ長屋捕物さわぎ」はそういう連作集です。11冊のうち、うちにあったのは9冊で、それは再読しおわった……。なんとなーく、ハードボイルドじゃないアウトローもの、ってのを求めて、読んでたんですけど、「めんくらい凧」(『いなずま砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ (光文社文庫)』収録)なんかは、ハードボイルドだった……。
あらためて読んでみると、センセーっていったい何者!? 本業の砂絵(色つきの砂を地面に落としながら絵を描く)はもちろんうまいし、道場破りできるほど腕はたつし、一癖もふた癖もある連中を統率するし、頭も回る。それも、センセーの推理は真実を見通すためのものじゃなく、おとしどころをつけて自分らが稼ぐためのものだから、岡っ引きの下駄常に協力を仰がれて事件に首をつっこむことが多いけど、そっちには違う解決を言ってまるめこむことも多々あり。
もとは武士らしいけど、生国も名前も、誰も知らない……。ただ、これはなめくじ連みんな、名無しだったりするんだけど。生業で呼ばれてる。アラクマの実家は商家で潰れて、マメゾーの親も大道芸人ってだけ、書いてあったけど。センセーの他は被差別階級ってやつにあたるんだと思う(武士は浪人になってもそれなりに扱ってもらえるらしい)。そういうところは前面に出ないんだけど、なめくじ連が濡れ衣をきせられやすいのは、そのせいだろう。ただ、なめくじ連の中でも、芸で稼いでる連中と、そうじゃなく、芸があっても実質は乞食って連中がいて(河童の真似をする、とか、熊の真似をする、とか)、後者の場合、一段下に見られているから恵んでもらえる、という面が、あるんじゃないかな。で、恵むかわりに、何かことがあったときに、スケープゴートにするよ、っていう。こういう連中はなまけてるだけなんだから恵んでやることはない、って言う商家の主もひとり、登場してたけど、これは非常に現代的な感覚なんだろうな……。恵んでやる人が、やさしい、ってわけじゃないんだと思う。いや、もちろん、なめくじ連は、気前いい人のほうが好きだけど。でもって、恵んでくれない人が差別もしないってわけでもない。