「ペンギンってどうしてポーズとっててくれてるの? 親切なの?」
「それが彼らの自然体なのでしょう。ペンギン見たの?」
「上野動物園で」
「パンダもいないのに、わざわざ上野動物園に?」
「そうなの。パンダもいないのに」
「なんで」
「うーん、どこへ行こうかな天の神様の言うとおり、ってやった結果」
「ええー」
「っていうのは嘘ですけど。杉井光『神様のメモ帳〈4〉 (電撃文庫)』で、ナルミ君がアリスに命じられてカピバラの写真を撮りに行ってるんだよ」
「……脈絡がわかりませんが……」
カピバラも強く生きているのだ、と僕は思った。リャマは草を食べ、バクは夢を食べ、そしてカピバラは僕のようなつまらないちっぽけな人間の哀しみを食べ、生きている。わけのわからない感慨が通り雨のように僕を襲った。そのまま檻のそばにいたらうずくまって動けなくなりそうだったので、僕はカメラをケースにしまってそっと獣たちに背を向けた。
「というわけで、半分ぐらいは人間を見ていたんだけどねー」
「よく捕まえられて展示されずにすんだね」
「そりゃそうだよ。動物園は珍しい動物を見せ物にするところでしょ? 僕は珍しくないよ!」
「……あ、そう、そう思うなら思ってればいいけど……」
「そうそう、バクを見て、小学生ぐらいの男の子がお父さんに、『バクは悪夢を食べるんだよ』って教えてたよ」
「ふーん」
「で、その後に来たカップルの彼氏のほうも、彼女に『バクって夢を食べるんだよね』って言ってたよ」
「有名だねえ……。いまwikipedia:獏を読んだところでは、実在のバクと夢を食べる獏は基本的に別物みたいなんだけど」
「そりゃ、実在のバクが夢を食べるわけないじゃん! 夢は実在しないんだから!」
「実在しないものが見えるの?」
「実在はしないけど存在はする!」
「……えーと、考えて断言してる?」
「むう」
「うーんと、獏に悪夢を食べてもらって厄払いしようとするのも、平安時代に、夢に誰かが出てくると、自分がその人を思っているからではなくその人が自分のことを思っているのだと考えられていたのも、夢が自分の中のものじゃないと思ってたからだよね」
「えーと、それって、自分の外に実在するものだと思ってた、ってことになるかな?」
「……ならないかな? というか、なんで、自分の中のものだっていう認識に変わったんだろう?」
「そう教えられて育ったから」
「……そう?」
「いまはそういう流行なの。たぶん百年後にはまた変わってるよ」
「たった百年で変わる?」
「変わる変わる。人間ってどんどん飽きっぽくなってるらしいし」
「そんなもんかなあ……。というか、流行の問題か? それが真実だと解明されたから、じゃなく?」
「だって、真実かどうかなんて、わからないじゃん。まわりの人たちがそれが正しいって言うから、正しいんだろう、っていう認識でしょ。それって、流行でしょ」
「身も蓋も、それこそ夢もないな」