禁域たる由縁

私が通った幼稚園は寺の経営でした。
で、その幼稚園でのことを書けたらいいのですが、さっぱりおぼえていませんので――寺らしい何かがあったのかなかったのかもわからん――墓場のことなどを。
ときどき、墓地をつっきって帰った記憶があります。どうも毎日じゃなかったような気がするのですが――大きな木がけっこうあって、草深いところもぽつぽつあったりして、そこはなんとなく――暗かった。墓地の奥のほうに、利根川の河川敷におりられる路があって、けれどそこは子どもだけで遊んではいけないところでした。怪談があったわけではないと思うのですが、そして、他のところの怪談と重ね合わせて考えたわけでもなかったはずなのですが、なんとなく、むやみやたらに入ってはいけないところだ、という感覚はありました。そう、具体的に、「こわい何か」を想像していたわけではなかったのです。それでも、入ってはいけない。想像の余地もなく。
禁域だったのです。
まあ、禁忌は破るためにあるので、たまーに子どもだけで河川敷におりましたけど。それでも特別な遊び場でした。
ある程度成長して久しぶりに墓参りに行ったりすると――あれ、暗くないな、と。明るくもないのだけど、どうも殺風景、何もないのでした。何かがあったはずなのに。子どもの錯覚とばかりはいえなくて、実際にいくらか木を切ったようで、……もったいない、と思いましたね。
あの無条件の「暗さ」はある種の「聖性」であっただろうから。
そこに立つ私の「目」が変わったのもあるだろうけど、それでも舞台装置――はったりは必要だと思うのですよ。そんなに容易に「なあんだ」って思わせないでほしいのでした。
もちろん、河川敷で遊んではいけないと禁じたのは親をはじめとする大人たちであって、単純に(天候によっては)危ないからなのです。そこにいる「何か」が禁じたのではない。たぶん墓地に入ることまでは禁じられてなかったはずなのですが、なぜか私のなかではセットになっていた。
っていうか、いま回想しているうちにいろいろ間違ってるよ、きっと……。
それでも、土地に根付いた宗教というのは、強い。いや、――何か、ある、と感じられるようなつながりが、自然と伝わってゆく――そこに、宗教的な何か(施設やアイテム)が関わっていることが多い、というだけなのかもしれません。