「ところで、皆さんはどれか一つのみ思い出を保存できるとしたらどれにするでしょうか?」

伊坂幸太郎陽気なギャングが地球を回す (ノン・ノベル)』より、演説ギャング氏の問いかけ。


犬に記憶があるとして、思い出はないんじゃないだろうか、と想像した。どうなんでしょうね、飼ったことがないので想像だけなんだけど。
これは前に食べたことがあって、おいしかった、だからこれはおいしい食べ物だ。というのではなく、たんに、これはおいしい食べ物だ。だけなんじゃないかなあ、ということ。この人には前にいじめられたからイヤな人だ、いじめられたくないから逃げよう、じゃなくて、この人はきらいだ!で逃げる。そこで遊んでくれたりおいしいものをくれたりしたら、前はイヤな奴だと思ったけどなかなかいい奴じゃないか、となるのではなく、この人はけっこう好き、になるのではないか?
――が、外界のものごとと自分の反応がすべて一対一対応になるほど犬の世界も単純ではないだろうな、やっぱり。自分の名前をおぼえるし、夢も見る……んですか?
けど、人間に比べればはるかに、いまだけを生きている、のではないか。
(ここで、犬、なのは、ギャングのひとりがたいへんな犬好き、というかむしろ犬の仲間だから、というだけである。)


表題の問いかけについて。ひとつだけ思い出をおぼえていられて、他のことは忘れる、ってことかと思ったけど、映像や音だけでなく匂いも触感もその気持ちさえ保存できる思い出メディアがあって、それにひとつだけ、という風にもとれるな。でも、ふつうは、前者の意味……だよな。
これ!ってもんが思い当たらなかったんですけど。
いろいろ思いついたけどぜんぶ却下した、というのではなくて。思い出、っていうのが、なー……うーんうーん。ひとつだけそこにあって価値をもつような独立した思い出なんてそうそうないよね、っていう、理性での判断ではなく、なんか、違うんだ……。
このあいだ、雪が舞ってて、でも出かける用事があって、寒いけどしかたねえなあ、と、うちを出て黙々と歩いてて、ふと、あれ、なんかこの人ご機嫌になってる……と気づいて。雪が舞ってるのを見ながらてくてく歩いてるだけで幸せなんだよな、私。犬ですか……(今年は雪が少ないよー)。でも、雪が降ってて幸せでした、なんてこと、おぼえていなくたっていいんだ。