おみくじの値段

偏頭痛はするし、チョコレートは室温で溶けるし、夏なんて……!
で、おみくじは100円だった。セルフサービス、っていうか、箱にお金入れて、勝手に持ってけ、ってやつね。おみくじが無造作に盛ってあって、なんだかちょっと、ありがたみがないぞ……?
お金を払わずに引くのも、もちろん、かんたんだけれど、そうすると、当たらない気がする。けど、おみくじって、当たる当たらないじゃない気もする。天から降ってくるものに当たるも当たらないも。……どっちにしろ、私は、おみくじにしろ占いにしろ、よいことが書いてあったら信じたいけど、いいことだろうと悪いことだろうとすぐ忘れる……。
いや、「何」の値段なのかな、と。おみくじそのものの値段というより、賽銭とか布施とか、そんなのの一種のような感覚がある。


前の、「愛はお金で買えない」質問で、コメントもらいまして、

お金の価値は、その物を手放すという事が前提です。
お金は、手放す時にしか、その価値はうまれません。

ああ、なるほど……言われてみればそのとおり……。
自分でも、そう思ってるところがあるはずだったのに、なんだかつながってなかった(私には、目的のない貯蓄を罪悪とまで考えるようなところがあり、自分でも極端だとは思うんだけど)。
最近読んだ、価値に関する話では、「福耳コラム - ものにはなぜ価値があるのか?の巻「女子大で講義する余談の多い経営学 #8」」もとてもおもしろかった。ものの価値は、もの自体にあるのではなく、そのものが使える環境との相互作用によるものだ、というような話。


値段がつくものと、つかないものの違い。
劣化するもの、減るもの、いつか使えなくなるもの、――そして、どのくらいの期間使えるのかっていうだいたいの予測がつけられるもの、が、値段のつけられるものなんじゃないかという思いつきを得たのです、が。
うーん、権力は金で買えるけど権威は金で買えない。そして、権力は使えば減る。というあたりから、なんとなく。
が、株はどうなんだ、と……、けど、あれは、金を稼ぐ手段として考えず、本来の役割を考えれば……って、本来の役割ってなんだろう。じつは株はまったくわかりません、パス。まあ、ギャンブルは、「何」の値段なんだか、わからないな……。
もっとわからないのは、いわゆる、著作物かもしれない。絵画とか彫刻とか、実体のあるものは、いずれ劣化するとわかっているけれど。絵でも、CGだったら。記録媒体は劣化するけど、コピーし続ければ、オリジナルと複製の区別なんてないから。言語もデジタルだから、そのものは劣化しない。コンピュータプログラムも著作物扱いのはずだけど、こっちのほうが却ってわかりやすい、プログラムが使える環境が限られるから、だいたいは、いつまでっていう期限がきれる。……実体のあるものは劣化する、というけど、劣化したからといって価値が落ちるとも限らない……。むしろ、言語による表現のほうが、寿命は短いかもしれない、環境に左右される。音楽や絵のほうが環境を選ばない。
……えーと。
頭痛い、もう、夏なんて……!