血とインク

「血を採るのは痛くない」ファルークはなだめにかかった。「ぜんぜん痛くない注射なんだ」
「注射は痛いに決まってる」ヴィノドは言った。
「ほう、注射が怖いんだね?」ファルークは小人に訊いた。
「この血はいま使ってるんだ」というのがヴィノドの答えだった。

ジョン・アーヴィング『サーカスの息子』(ISBN:4105191063

部屋を出てエレベータに向かう途中、ひとりの男が紙とペンを持って追いかけてきて、アインシュタインにサインを求めた。彼はサインに応じた。エレベータのなかで私はアインシュタインの方を向き、「こんなふうにいろんな人に追っかけられるってのは、たいへんでしょうね」と話しかけた。すると彼は、「これは人喰い習慣の最後の名残なんだ」と言った。私が困って「どういうことです?」と訊くと、彼は「吸い取られるものが血からインクに変わっただけなのだよ」と答えた。

マリオ・リヴィオ『神は数学者か? 数学の不可思議な歴史』(オスカー・モルゲンシュテルンゲーデルアメリカ市民権取得のための面接に付き添ったとき))(ISBN:9784150505073

アメリカ合衆国憲法に矛盾を見つけて、合法的に独裁者になることが可能だと証明を語りだそうとするのを必死に止めたんだそうですよ。「言うなよ! ぜったい言うなよ!」「え、言えってこと?」ってやりとりがあったかどうかは知らない……。

「この血はいま使ってるんだ」というのは、一度言ってみたいセリフ。私、血管が細いらしいんですよね、採血のとき左腕を出すと、「もう片方の腕も見せて」って言われて見比べられる。変わらない(らしい)ので左腕に戻って、「たたいていい?」って訊かれて、たたいてさすって、慎重に針を入れる……。だいたいこのパターンです。が、失敗されることもあって、他の看護師さんに「代わって!」って泣きつくこともある……。
中にはプロ中のプロだなといわざるを得ない人もおりまして、まったく悩まずノータイムで針を刺してくることもある。注射熟練度がはかれます……。