フィクション

大砲が英雄たちの脇役でしかなく、科学捜査が名探偵の従僕でしかない世界の物語、いいかえれば神話的原型に「現在」の一部が接ぎ木され、ある部分だけが「合理化」されたような歪みをはらんだ物語を受け取り続けることで、私たちの意識はどのようになってゆくのか、ふと気になった。推理小説を含めて、物語は絶えずリニューアルされたりその時代の価値観に合わせて合理化されたりするだろうが、そこで必然的に、新しい衣装ともとの地肌との間に隙間が生じる。隙間ある物語を享受する私たちとは何なのか。
巽昌章『論理の蜘蛛の巣の中で』(ISBN:9784062135214

でも、なぜこの決して自分の本心を明かさない登場人物、嘘しか言わない登場人物がきわめて高潔な印象で最後、僕たちの心に残ることになるのか。それは、嘘を言うことでしか言えない「ほんとう」というものが、あるからだとしか、言いようがありません。
 しかし、このことに関連して、もう一つ言っておきたいことがあります。それは、フィクションというものがないと、この「ほんとう」を笑い飛ばすものがなくなってしまう、ということです。「ほんとう」のことは、大事だし、それをめがけてしかヒトは生きられないが、しかし、その「ほんとう」のことは、笑い飛ばされる必要があるのです。そうでないと、「ほんとう」のことは、何ものもこれを否定できない僭主のような存在になってしまうでしょう。それは、「ほんとう」のこと自身の望まないことではないでしょうか。その僭主化をふせぐもの、そこに風穴をあけるものが、僕の考えではフィクションなのです。
加藤典洋『言語表現法講義』(ISBN:9784000260039

 私たちの生きている世界は、人食いや狼男、ヒドラや魔法使いのいる童話の世界と大して違いはありません。童話の世界を息づかせているのと同じ悪のフィクションが、私たちの現実の世界のなかにも浸透しているのです。
カレル・チャペックカレル・チャペックの童話の作り方』(ISBN:9784791761678

にんげんの尊厳

「言い忘れるところでした。ここのトイレで、予想もしていなかった恐ろしい目に遭ったんです」
「何ですか?」と訊いた。幽霊を見たのなら叫びながら部屋に走ってきたと思うが。
「気をつけろ。……紙がなかった」
有栖川有栖『江神二郎の洞察』(ISBN:9784488414078

厠に扉がない。
京極夏彦嗤う伊右衛門』(ISBN:9784043620012


数年前、京極氏の朗読(美声!)で聞いたとき、この「厠に扉」のくだりで吹き出しそうになりました。笑うところではない。じぶんが住んでる最中の家をどんどん解体していってしまうという狂気のほのみえるシリアスシーンであって、断じて笑えるところではないのですが。


ちなみに、「トイレに紙がない」を、うちではほんとうに「人間の尊厳に関わる事態」と略してます(略せていない)。


おまけ。

「弱った! 川路利良三十七歳、維新回天の嵐にいくたびか苦難に遭逢したが、これほと弱った事はなか! 助けてくれ!」
山田風太郎『明治波濤歌 下 山田風太郎明治小説全集10』(ISBN:9784480033505

走る列車の中、トイレ(大)に行きたいけど使用中。しかしいまいち人間の尊厳に関わっている気配がない。だって川路さんだもの……(どういう……)。

パンダ

中国人はいまも最高の贈り物はつねに、贈る人だけが手に入れられる物であることを知っている。漢代には、それは絹と漆器だった。今日では、中国は友好的な関係を築きたいとき、やはりほかの誰にも真似のできないプレゼントを渡す。それはパンダ外交と呼ばれている。
ニール・マクレガー『100のモノが語る世界の歴史〈2〉帝国の興亡』(ISBN:9784480015525


シャンシャン誕生記念に描いたもの。
パンダ動画って、「ぬいぐるみが動いている」ようにしか見えないなって思っちゃうんだけど、口を開けると、あ、なまものなんだな、って感じになる。口は偉大。というか、ほんとうは目のほうが偉大なはずなんだけど、パンダ、眼球目立たないからな……。たれ目の印象が強いけど、違うからな……。

擬人化

これ〔人間が猫を擬人化すること〕は好都合なので、できればいつまでもそう思わせておきましょう。人間が間違った思いこみに取りつかれているかぎり、猫の秘密をかぎつけたり、猫の実体にせまったりする危険はありませんから。
ポール・ギャリコ『猫語の教科書』(ISBN:9784480034403

植物もヒトも感覚入力は受けとるが、その入力を喜怒哀楽の感情に翻訳するのはヒトだけだ。私たちは植物を見るとき、そこに私たちの感情を上乗せして眺める。だから、満開になった花はしおれている花より「幸せだ」と思い込む。
ダニエル・チャモヴィッツ『植物はそこまで知っている』(ISBN:9784309464381

地球外生物にもシャチにも、私たちがその中に人間的なものを見出そうとするかぎり、近づきになれないだろう。
フランク・シェッツィング『知られざる宇宙―海の中のタイムトラベル』(ISBN:9784272440368




うっかり素で地球外生物のふりをしてしまったので、次の日に訂正するの巻。


念押し。

5~6%の本性

「僕…… 眼を見ればその人の本性が5~6%判るんです」
「微妙な数字!! それ位なら多分俺も出来るわ!!」
赤坂アカかぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』3巻(ISBN:9784088905082


ふと思った

やりたいことややらなきゃならんことが積みあがってきてなにから手をつけていいやらわからん、と、なるときがわりとある(いま)のですが、スーパーで食べ物を買い過ぎてしまうとき、と、重なっているんじゃないかという仮説。買い過ぎた……。
選ぶ、ということができなくなる。
迷ったら買う、か、迷ったら買わない、か、極端になるんですが、食べ物の場合、食べなきゃ、という意識が強いので、買い過ぎる。
でも本も買い過ぎる気がする。なんでだ。
むしろ買わないものはなんだ。服?
でもたいていのものは、買うと、「やらなきゃならんこと」が増える。で、ますますなにから手をつけていいかわかんなくなる。
ずっとなにも買わないでいると、「買い物に行く」が「やらなきゃならんこと」に加わるけど。